どんな人間にも「恐怖」がある。それは、多くの人が承知の事実だろう。
ところが、恐怖には種類があること、そして、その恐怖が人間の心理にどのような影響を与えているかまで理解している人は少ない。
少なくとも「人に関心がない人」は、恐怖について詰めて考えたこともないだろう。
今回の記事では、「恐怖」について詰めて考えたことのない人には、気づかない(見えていない)事を話そうと思う。
恐怖に種類があることを知り、恐怖と人間心理の関係に一歩踏み込んで理解が深まれば、他人の思考や行動を事前に予測できたり、売上を飛躍的に上げたり、使い方によっては相手の首を縦に振らせることも可能になる。
やろうと思っていたことを直前になって止めたり、考えた末に出した結論に迷いが生じたりすることが多い人は、もしかしたらその思考や行動の答えが今回の記事で見つかるかもしれない。
「2種類の恐怖」がぶつかる瞬間は、これからも選択(意思決定)の度にあなたの前にあらわれる。
あの時とった自分の行動、これからとるであろう自分の行動に「2種類の恐怖」が人にもたらす心理的影響に納得が入るはずだ。
人の感情(心理)はすべての人間が持ち合わせているもので、死ぬまで切り離せない。今は関心を持てなかったとしても、その瞬間にぶつかる機会はこの先頻繁にやってくる。
無意識に受ける心理的影響から下す判断に「2つの恐怖」がどう関係しているのか知識だけでも知っておくと、場合によっては自分の判断や行動が直感によるものではなく、そこには恐怖が絡んでいる場合があることに気づけるようになるだろう。
見えない2つの恐怖
人には大きく分けて「2つの恐怖」がある。それが、以下の2つ。
- 失う(無くなる)恐怖
- 得られ(手に入ら)ない恐怖
ここからそれぞれの恐怖について解説しようと思うが、自分がその当事者だと仮定して続きを読み進めてほしい。
恐怖の交錯
イメージしてもらいやすくするために極端な例えを出すことにする。
例えば、今日仕事が休みであなたは街をブラブラしていたとする。そこに、会社のある上司からグループLINEで社員全員にこんなメッセージが入った。
日々のお仕事ご苦労様です、〇〇(上司)です。
お休みのところ申し訳ございませんが、たった今、弊社社長から限定5名に一人当たり3万円の臨時ボーナスが出ることになりました。
本日は休業日ですが、今から30分以内に来社できる方の中から先着5名に現金で3万円を用意しております。
お金の使い道に制限はないので、個人で自由に処分してもらって構いません。
受け取れなかった人と一緒に使ってもらっても構いませんし、一人で処分してもらっても結構です。
なお、来社6人目の方からは誠に勝手ながら1円もお渡しできませんのでご了承ください。
15:00 スタートで 15:30 をタイムリミットとさせていただきます。
受け取りを希望される方は、お気をつけて来社ください。
100% 不平不満が出そうな内容だが、このメッセージを受け取ったときにあなたは30分以内に出社できるところにいたとしよう。
そして、会社に向かうことを即決したとする。
電車で向かうと逆に時間のロスになり、その間に先着5名に入れなくなるかもしれないと思ったあなたは、数分後に3万円が手に入ることを前提に迷わずタクシーで会社に向かう(タクシー代を払っても十分プラスになる)ことにした。
しかし、タクシーを拾おうとした瞬間、いつもと違う下半身に違和感を感じる。そう、いつもなら重さを感じるはずのポケットが今日に限って軽すぎるのだ。
あなたは自分の意識にないところで財布を落としてきたことに気づき、一瞬で頭の中が真っ白になり、顔面蒼白になる。記憶をたどる限りでは、財布には2万ほど入っている。
このとき、現金2万円が入った財布を探しに戻るか、先に会社が用意した3万円を先に取りに行くか…、というところ考えてみてほしい。
恐らく、ほとんどの人は会社が用意している3万円を捨て、脳ミソに洪水のような汗をかきながら必死に記憶をたどって落とした財布を探しに向かうはずなのだ。
所持金の2万円より、会社が用意した3万円のほうが明らかに多いのにである。
今どき、財布に現金しか入れていないという人は少ない。財布の中には、個人情報が含まれる免許証やクレジットカードから、他人に見られては都合の悪いものや恥ずかしいものも入っているかもしれない。
さらに、財布が高級ブランドともなると、見つからなかったときの被害は3万円どころで済まない場合もある。
特に女性の場合、財布に現金しか入れていない女性はほぼ皆無に近いという統計が出ている。
一方、男性の中には紙幣と硬貨をわけている人もいて、仮に落としたほうの財布が別にいつ無くなってもいいと思っているような、特に愛着や思い出もない、1000円にも届かない硬貨しか入れいていないことが明らかにわかっている財布なら、そのときは迷わず会社が用意した3万円を選ぶ人もいるだろう。
「失う恐怖」と「得られない恐怖」
人は、危険やリスクを感じると、目先の利益よりも保身に走ることを優先にしようとする心理が働く。
「失う恐怖」と「得られない恐怖」の2つの恐怖が同じタイミングで衝突したときは、「得られ(手に入ら)ない恐怖」よりも「失う(無くなる)恐怖」のほうが強くなる。
今回の例でいうなら、「落とした財布」が失う恐怖で、「会社が用意した3万円」が得られない恐怖にあたる。
別のケースでも、「失う恐怖」と「得られない恐怖」が同じタイミングでぶつかる局面は、少し考えればいくらでも出てくることに気づいていただけるだろう。
例えば、いつもどおり仕事をしているところに一本の電話が入るとする。電話の相手は病院。
「病院が何の用や?」と思って電話に出てみると、「お子さんが交通事故で意識不明の重体です…」と告げられる。公職についている人は難しい場合もあるかもしれないが、お子さんを抱えているほとんどの人は仕事を切り上げて病院に駆け込むだろう。
世の中の大半の人は時間給で仕事をしているため、勤務時間中に仕事を切り上げればその日は「早退」という扱いになる。当然、その日の日当が全額支払われることはない。
しかし、事前に早退扱いになることがわかっていたとしても、自分の子供が生きるか死ぬかというときに、数千円や数万円程度の日当を選ぶという人はまずいないはずである。
- 子供の安否を早く確認したい 失う(かもしれない)恐怖
- 日当は満額受け取れない 得られない恐怖
ゆえに、「得られない恐怖」の上に「失う恐怖」が重なったときは、人は「得られない恐怖」を捨ててでも「失う恐怖」のほうを優先的に選択するようにできているのである。
これは、人に限らずすべての動物にもともと備わっている習性なので、是非とも覚えておいてほしい。
例えば、コンビニにあらわれる野良猫をイメージしてみてほしい。
自分から寄ってくるくせに、こちらから近づこうとすると逃げる。そして、離れたところからこちらを観察している。
人が食べ物を持っていることを猫はわかっているし、人間が自分たち猫より力を持っていることも猫はわかっている。しかし、人間が自分たちを見て何を考えているかまではわかっていない。
空腹は満たしたいが、危害を加えられるかもしれない(何をされるかわからない)という恐怖が逃走を呼んでいるのだ。だから、餌を欲しさに寄ってくるが、こちらから近づこうとすると攻撃を警戒して逃げるのである。
つまり、餌は欲しいが危害を加えられるなら我慢する、私たち人間にも共通する動物の本能である。
- 攻撃を受けるかもしれない 失う恐怖
- 空腹を満たしたい 得られない恐怖
恐怖とマーケティング
恐怖には、人を(動かす)行動させる力があり、ビジネスやマーケティングの世界では当たり前のように用いられている。
見込み客が商品の購入に踏み切る理由として、恐怖は大きな訴求ポイントになるからだ。
恐怖はストレスをもたらす一方で、人は恐怖やストレスから常に解放されたいと思っている。その恐怖(=ストレス)に本当に悩んでいたり解決方法を探していたりするターゲットに、その恐怖(=ストレス)から解放される商品をオファーすると、その商品の大半はいとも簡単に売れてしまう。
恐怖には人を行動させ、支払いさえもさせる力がある。
経済は「欲」と「恐怖」で回っていると言っても、私は過言にならないと思っている。
- 無くてもいいが、でも欲しい
- 所有欲
- 優越感
- 自尊心
- 無いと困る、あとが怖い
- 税金
- 危機感
- 焦燥感
一部の人を除いて、人には「良いものを、より安く手に入れたい」という心理がある。
しかし、本当に良いものは、その価値が続く限り値下がることはなく、安く手に入ることもない。
自分が価値があると思っているものの価格が下がっているときに「安い!」と思ってすぐに飛びついてしまう人は、一度踏みとどまって検討するクセをつけてほしい。
その先には今は見えていない危険やリスク、後悔が待っているかもしれない。
価格が上がったり下がったりするのには、「目には映っていない理由」が必ず裏にあるからだ。
もしあなたが、インターネットで物を売っていたりビジネスをしていたり、営業の仕事をしているとしたら、今回紹介した「失う恐怖」と「得られない恐怖」を上手く活用してみてほしい。
「恐怖」は使い方次第で、相手の行動を促すための重要なアイテムになるはずだ。